11月も終わり、12月になります。
- 2016年11月30日
- 読了時間: 3分
お久しぶりです。
実は先日書いたブログは、
私が個人的に開設しているHPのメモをちょっと持ってきて書いた文章です。
ちょっとでも同一しているほうが、このブログを見ている側にも安心感を与えるんじゃないかと思って、
思い切ってコピペして貼り付けました。
個人的に開設しているHPのURL等は、載せるのを未定としておりますが、主にtextを書いています。
自己幽遊とずっとそのサイトを持っていて(一時期消した時期もあります。)
今ではHPを持つユーザーさんも少なくなりましたが、小学校の頃からずっと営んでいるHP作成。
私からしたら趣味に近いので、やっぱり辞められず、20うん年という月日が経っても続けています。
落ち着くんですよね、それが。書いていると。作家さんがいる様に、趣味みたいなもんです。
それに今もアクセスがちょいちょいあって、やっぱり続けていてこうしてアクセスがあると、
嬉しいな。そんな勇気が持てるのも、この年齢にしてやっと。
本当に隠して隠しての、知られたくない知られたくないの、しがない私でした。(今でもそうだけど。)
こうして大っぴらにするようになったのは、20代の中期頃かな。
サイトが生きていくうちのピンポイントなら、それと融合して自分を確立する事。
そう思うことに自信が付いてきたので、いつの間やら優雅に大っぴらにしてみる事にしました。
たまーに書くtext。最近は私生活の充実性と、大変さであまり思いつくこともないけれど、
そうですね、言えば、"諦め”っていうのもあるのかもしれません。
自分の存在意義を見出したかった。私という存在を認めてほしかった。
それが、世知辛い答えだと思います。まっ、私なんてどーでもいいんですが。
(自己顕示欲が強いだけ。)
***
最近は仕事と私生活が充実しているので、普通に元気に過ごせています。
実は、この世界では、100人いたら、自分の夢が叶う人なんてほんの一握りしかいなく。
何千校という大学がある内でも、自分の思い通りの職に就ける人なんて、3~5割じゃないでしょうか。
時には妥協して、でもそこで結果や成果を出して、そして生きることに強くなったり、
諦めるという事が,どれだけ難しいというか、簡単というか、
自分を受け止めるというその心柔らかさを、若いうちから持つというのは、難しい事なんです。
簡単そうで難しい事なんです。若いうちなんて、希望に満ち溢れているから。
落ちこぼれもたまにはいますがね。その落ちこぼれさんは、自分を磨かない限り、落ちこぼれたまま。
可能性というスタート地点は皆一緒でも、環境・素質・生まれ持ったもの・理解力・知恵・経験等、
大人になればどんどん差が出てきたりします。 マラソンと一緒の様なものです。
でもその中で植えつけ始める、経験という知識。
それから、いつのまにか体が動いてしまうんです。成功という道しるべを。(きっと。だけど。)
そして他者と比べたり、嫉妬だったり、懸念だったり、大人になって醜い黒い部分も見えてきます。
経験が全てというのではなく、環境から逃れようとせずひたむきに過ごす。それが、どれだけ大事か。
続けるっていうのって、すっごく大事なんだなって、私はそこに弱いから、思うんです。社会を通すと。
続けた後の達成感だったり、やっぱり心がポジティブだと、生き方もポジティブになる。
でも時には逃げる時も必要なんだろうなって、それは、人のふり幅は大抵決められているから。
だから、心が柔になれる人って、尊敬してしまいます。私は。
良い所を見つけましょう。そしたらきっと、気持ちが楽になれるから。
心に余裕が無い時は、ゆっくりと深呼吸して過去を振り返って、未来を変えるイメージだけでも。
きっとそれだけで、生きているって楽しいとか思えるんじゃないかなって、。
私は、そんな風に感じるかな。
支えられているから。




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