伝えたいこと。
- 2018年5月7日
- 読了時間: 3分
今週、友達に会える感じで、やっと会えて幸せだー!と思っています。
私は、部活で結構優秀なほうだったので、綺麗な響きではエースでしたが、
リレーで結果が残せなかったことがむちゃくちゃ悔しくて。たまに落ち込みます。
でも、あたしより器用で強い子いて、それでも私は自惚れていました。笑
走りこむほうだったから考慮されてたけど、そんな自惚れくそ野郎に、
一緒に頑張ってこれた、それはとーっても幸せだぁ~って、
でも呑気なわけじゃないですよ!笑 走ることが好きだから続けられました。!
周りをよく見渡せないしがないエースでした...自惚れていただけでした...( 一一)
特に性格が良くもなく、あたし何か頼れるもんあるか?って思ったり。
こう小中高大振り返ってると、やっぱり自惚れていたことが強いことに気付くのと、
私、確信的な目標があったので、その為に生きていました。
社会学専攻だったので(でも社会学はちょっと合いすぎて。。。)そうね。
哲学とか熱心に聞いていたかなって、ちょっとこれは恥ずかしいですね。笑
目標?。良い大人になるという事。ただ、それだけ。
沼にはまって、一時期大変な時がありました。
あたし達は、口論に近くなると、”ごめんは無しよ。”から始まって、話し合い?。
言い合いするんですが、最後はおちゃらける時もあったりする。良き理解者。
でも、薄汚いプライドを許してくれた両親や家族もいるんだろうなぁって思っています。
早いからと、社会で仕事をするに当っては、冷たい社会もある。最初は大変だったり。
でも、理由があるのなら、その理由がステータスだとしたら、それはただの僻みである。
楽しいから続けてこられたそのモチベーションを、ただのタイミングなり運なりを妬む。
でもそれも私にとっちゃ試練なので。解決策を考える。逃げるが勝ちの時もあったりする。
私は何を伝えたいのかというと、今まで生きてきた経験は、デジャヴな一面もあるけど。
一つ一つ糧にして、聞いてくれる相手がいて、初めて、理解され、自分にとって正しい道を、
誰かと一緒に見つめらるというのは、大人の責任も含めて、幸せなんだと実感する。
誰かの人生のために生きるというのは、ただのエゴだ。
自分は何をしたいか。何を信じたいか。それが見えたら、自ずと、エゴを見つけられる。
そう、生きるための目標が。
私は家族に囲まれて幸せに見えて、家は毎日崩壊寸前です。
幸せの値が同じって、同士だなって思う。仲間意識出来るよね。
じゃあ高校のころ、どうしてあんなに緘黙だったのか。
それは、ただのカルチャーショックです。
*私は柴田淳さんみたいなシンガーソングライターが好きなので、今日は柴田淳さんを久しぶりに聞こうかなぁと思ったり。落ち着けます。私は。
落ち着きのある女性を目指したいですが、今私はセンスを磨きたいというのもあるので。
*旅行編はまた後で書こうと思います。




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