完璧な人なんていない。
- 2019年10月3日
- 読了時間: 5分
人ってさぁ、完璧なんていないんだよ。
皆、何かに悩んで生きる。特に私は3年中退。悩んで進めって言われてるよなもん。
でも、それが成長のきっかけならそれはいくらでも悩んでいいと思う。
強くなれたり、きっかけだったり、産まれたときは皆子ども。
人と関わる仕事をしていると、反省する所とか、ここは駄目な所とか、
色々、色々、めまぐるしい日々が待っている。
同じような答えなんて返ってこないから。
その中で、人の人生に関わるときだってある。
考えたくなくても、関わっている限り、考えなくちゃいけない。
それが、人間として、学ぶ。という姿勢なんだと思う。
そこで、人を否定して愚痴を言う事なんて、許されない事なんじゃないかな。
ゆとりが言う、ゆとり的ゆとり世代が学んで言える唯一の学び。。。
幼児関係の仕事をしていて、一つ。
いつも、同じ園児で遊んでいたおもちゃを無理やり壊す子がいた。
同じ園児の子は泣いちゃう。せっかくわたしの物だったのにって。
先生はこれが収まらなくて、困っている。という日々の連続で悩んでいた。
「遊んでいたものを奪っちゃダメでしょ」「悲しんでいるから謝りなさい」
言っても聞かなかった。私もこれは悩まなくちゃいけないと思って、
それをわたしは、園児に嫉妬しているんだ。って思った。
楽しそうに、上手に出来ているおもちゃが出来て、嫉妬しているんだって。
分からないけど、怒る機会があって、一言言った。
「自分がやられちゃ嫌なことを人にやっちゃ駄目だよ」って。
勿論その言葉は自分に対しても問いた。果たしてあたしが言える言葉なのかって。
だけどそれから、色々接する事があって、自分に自信は無かったけど、
極力、何してたかなぁ・・・一生懸命話を聞こうとはした。それは、心掛けた。
少しずつその子が変わり始めたかは分からないけど、この間見たときは、
同じ園児の子に手を差し伸べて手をつなごうとしていた。
それだけでも、あ、この子は人に優しく出来る子なんだって、ホッとした。
時々今でも人の物崩しちゃうけど、私の心掛けが足りなく、そして言葉足らずか、
あたしに言われたくなかったのかもしれない。
でも、どの場面でも、人に一つでも優しく出来る子は、誰にでも優しく出来る。
人と生きるとは、協力とは、こういう事なんだって、学んでいくと思うんだ。
こんな風に、完璧な人間なんていないんだよ。
子どもと接すると、一つ、大人は子どもの幻想なんだって。
あたしは子どもをとても尊敬する。
確かに私も、団体行動では我慢もしてきたし、その道を進んできた。でも、
大人になるにつれて、自由になっていって、
大人って惨めで愚かなだなって自分でも思う。
自分でお金を稼ぐことの知恵を、謙虚に学んでいっている子ども・子供は、
いつか必ず報われる日が来るんだよ。
それが厳しくてツラい時もあって、衝突もある時も勿論あると思うけど。
そのきっかけも、いつかは笑って話せる日が来るように、人は必ず成長する。
笑える日が来るんだと思って、泣くときだってある。
涙を流すって大人になったら労力なんだけど、
きっと、こんな涙しか流してない人もいる。
そんな人を私は、人の良いところとして、成長の一つにしたい。
それは、”しょうがない”から起こった涙なんだ。
もし、これから涙を流すなら、”しょうがない”から涙を伝う様にしていきたい。
びっくりした・しょうがない。
子どもに学ぶもの・人に学ぶものなんて沢山ある。
でも極力、穏やかに、宥めるように、時間が流れていったら良いな。
私は童心を忘れないというポリシーを持って生きてるんだけど、
いつまでも、童心を忘れないで生きていきたい。
やっぱりそれは、私にとって大切な事なんだと思った。
童心を忘れない=謙虚になる。
恵まれた位置にいる事に感謝しなくちゃいけない。
*追伸
子どもは創造×破壊という過程の繰り返しで、生きるというのを学ぶそうです。
子どもが、命のあるものを見る目を見ると分かるんじゃないかな。
破壊=無くなるという意味=死への問い。
という思考だと思います。それが、子どもにとっての成長の過程だそうです。
そして私はこんな事を豊かに学べるのは、プロの人やママパパさんあっての事。
時間が私にゆとりを与える。そんな事を許してもらえる環境に感謝の気持ちでいっぱいです。
やっぱりここまで考えられるようになるのは、私にも下積みってものがあります。(笑)
目の前の事しか見えない所あるから、近くにあるものは興味を持つタイプ・・・かな?。。
人間は皆平等に試練を与えている。
保育園児・幼稚園児は、これからゆとりの時代に入ろうとしていると思います。
色々な家庭あるかもしれませんが、父母の手間が少しゆとろうとしている。
いつも我慢しているからつい甘えさせたり、でも父母さんは人間関係これで良いのかなとか。
悩むときもあったり、問い詰めようと犠牲なる事も増えてくるかもしれません。
集団を学ぶという事は、勝手なことは許されないという事なんだろうなぁと下っ端ですが思います。
勿論私もそうやって経験していきました。
私は、何か一つ。
何か一つを大事に、大切に伝えたら、大人の負担はホッとするんじゃないかなとか、思います。
皆が皆、平和に思えたらそれはそれは、でも、それが出来ない。それが現実です。
でも人は協力しながら生きていくんだという事を、忘れないでいられたら。
私も、協力しながら生きていくんだっていうのを、綺麗事ながら、学んですごしたいです。
皆さまの日々が、日々豊かになれたら。と、思います。




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