あけました。おめでとうございます。
- 2021年1月14日
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何かと、余裕を持って過ごすことができているのが不思議で良いのかと思っています。
過去は塗り替えられない。それは、当たり前の事。
私にも彼以外に愛した人がいて、彼にも私以外に愛した人がいた。
その真実が、その限りない真実が、愛おしいと思える寸前まできていることが、嬉しい。
時間というのはとても不思議で、経てば経つほど、余裕が生じる。
気持ちという言霊は、お互いを補完し合う。その近さは、2人を救ってくれた。
昔の彼は、今はもう先を生きていて、近くに住んでいた限り、お見送りまでは出来ていた。
2年経ち、彼と連絡をとっていると、作ってきた2年という時間が、結果を残している。
昔とは違い、仕事という合間を縫って、一緒いることの改め方を、周りは教えてくれている。
彼にも忘れられない時間があった時間は、私には話すことが出来ない、
かけがえのない思い出に溢れているんだろうなあと思うと、嬉しいなって思える。
若い時にしか作れない思い出は、若いうちに経験しておくことが良いんだと、私は思っている。
不思議なくらい、この気持ちで溢れていることが、ある私が残っていて、良かったと思う。
聞くとショックだし、やっぱり比べちゃうんだね、って思うことは節々あるけれど、
それ以上に、比べることによって、やっぱり向こう側の事を考えちゃうんかなぁって思うと、
彼は辛いポテンシャルにいるんだろうなぁって思って、後ろから抱きしめた。
体を重ねることで答えが見つかるなら、それだけで幸せだなって思える。
私の8年という月日は、体を重ねることはなかったけれど、遠くでお互いを補助しあっていた。
近いけれど遠い場所で。
体を重ねることが大人になると全てになる。その相手を、4年くらい吟味していた。
適齢期かな。そう判断した。それは、大学発達心理学を勉強した結果から。
彼に、30代40代は、停滞性と生殖性で悩み、60になると何に悩むと思う?って聞いて、
彼は、“生殖性“と答えた事が、全てだったんだと思い、答えは、絶望感だよ。って答えた。
時が一瞬止まっていた。
私が歩んだ道の答えは、これだよっと云うように、そっと珈琲を飲み、静かにカップを置いた。
その絶望感を絶やす行動が、一緒にゲームセンターに行ったり喫茶店に行ったりする行動なんだと思う。
私は、よく一緒にデートしていた相手は、素朴な人達ばかりで、慣れているから、全然楽しいと思える。
彼は内弁慶で、車で私が運転していると、沢山喋ってくれる。
よくデートしていた相手も、二人でいると沢山喋ってくれる人ばかりだった。
その人たちに、一緒に過ごす楽しさを沢山教えてくれたから、彼と一緒に居る事も楽しいと思える。
さて。彼の誕生日がやってきて、一緒にまたデートをする口実が出来た。
彼はまた、比べるのだろう。 そうだよね。初恋って、永遠だからね。
ありがとうまでもう少し。ううん、本当はもう行き届いている。年下で良かった。かな。
そう。私は比べる相手は居ない。かけがえのない時間はそこでしか作り上げなかったから。
後ろを振り返れば、桜の木と遮断機に挟まれ、何も振り返る事なく、お互い前に進む。
どうか2人も、そのように。




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